DV(ドメスティック・バイオレンス)には、ハネムーン期と呼ばれる期間があるのをご存じでしょうか。ここに、暴力スパイラルから抜け出せなくなる第一のからくりがあります。
過去、実際にDV被害に遭った筆者が、ハネムーン期とはどういうものなのか。被害に遭っている人の心境を交えつつ解説します。
DVにはサイクルがある。ハネムーン期はその中のひとつ
安定期(ハネムーン期)
暴力によってストレスが発散された状態です。比較的に安定した精神状態の為、安定期と呼ばれています。また、ストレスが発散された事により、優しくなってプレゼントなどを買ってきたり「二度と暴力は振るわない」と約束したり「俺が悪かった」などと泣いて謝罪したりするのでハネムーン期とも呼ばれています。そして次の暴力に向かってストレスを溜め込んでいく蓄積期に移行していきます。
一般的にDVにはサイクルがあって、
蓄積期→爆発期→安定期(ハネムーン期)
をくり返すと言われています。それぞれの詳細は読んで字の如く。
- 蓄積期でじわじわとストレスをため込んで、
- 爆発期で一気にドッカーンと放出し(暴力を振るう)、
- そのあとスッキリしたらハネムーン期に入る。
……が、このハネムーン期が非常に厄介な存在なのです。
DV初期の頃ならばまだ精神状態も健全ですから、暴力を振るわれた時点で「なにこの人、信じられない。いますぐ別れる!」という結論に達しそうなものですよね?
ところがハネムーン期に入ったやつらは、それを巧みに阻止してきます。
それまでの尊大な態度をひるがえし、こちらが申し訳なく思ってしまうくらいの低姿勢で謝ってきます。また、マシンガンのように愛の言葉を浴びせてくるかもしれません。
「今のぼくはどうかしていた。ぼくには君しかいないんだ。もう2度と乱暴はしないから、一度だけ許してくれないか」
「君と別れるくらいなら、ぼくはこの世から消えてしまいたい」
これくらいのこと、平然と言ってのけます。
どの口が!
と言いたくなりそうなものですが、ここでドツボにはまるパターンも少なくないのです。
暴力を振るう時とのギャップにきゅんとしてしまう
DVの被害に遭うような人は、たぶん「ちょっとダメな男」に惹かれるタイプ。弱みを見せられるとコロッといっちゃうんです。わたしはそうでしたね。
もちろん暴力はとんでもないけれど、こんなに反省して、こんなにわたしを頼って、こんなに愛してくれている彼を、一度の過ちで放り出せる?
否!
とか思っちゃう。
次は絶対に許さないけれど、今回だけは大目に見てあげよう。そんなふうに思っちゃうんです。
ある意味ギャップ萌えですね。
他の誰も知らない、彼の隠された一面を知れたという優越感に浸れるのもポイントかもしれません。
決して褒められる部分ではないけれど、みっともない部分、弱い部分をすべてさらけ出してくれるほどに自分が愛されているのだと感じていました。
良心に訴えかけてくる
ハネムーン期に入ったやつらの変わりっぷりは尋常じゃないです。
さっきまで、一段高いところから人を足げにしていたというのに、途端に地べたに這いつくばって土下座までやってのけます。
すると、それ以上強く言えなくなってしまうんです。
これは、わたしの自己肯定感の低さも原因のひとつだったのかもしれません。本当であれば、こちらに明確な非もなく暴力を振るわれたのですから、はっきり言って警察沙汰です。
いくら謝ってもらっても足りない……というか、謝って済む問題じゃないですよね。
にもかかわらず、「こんなに謝ってるんだし」「もう2度としないって言ってるし」という考えが頭をもたげ、許さない自分が悪いような気がしてくる。わたしの場合はここにつけ込まれました。
暴力を振るうこと自体が異常だという意識を持つべし
DV被害を受け始めた頃、わたしはまだ10代でした。若かったし、異性とおつき合いした経験もほぼなく、家庭環境がやや複雑だったせいで身近に相談しやすい大人もいませんでした。
どうしたらいいのか自分では判断がつかず、かといって問題を大事にしたいわけでもない。もしかしたら少しわたしが耐え、この場を収めれば済むんじゃないか……そんなふうに考えていました。
もっと素直に助けを求めることができれば、きっと事態は変わっていたと思います。
DVが進行すればするほど抜け出すのが難しくなります。でも初期段階なら、比較的抜けやすいだろうと思うんです。そのタイミングでいかに、ハネムーン期から脱却できるかどうかが鍵になります。
「暴力を振るった後はすごく優しいし、愛してくれる」
「みっともないほどに縋りついてくる彼を見捨てられない」
そういう思いは、わからないでもない。でもそもそも、暴力を振るうこと自体が既に異常です。それが日常的な暴力なら、もう完全にクロです。
殴ってきた相手に対して、殴られたあなたが気を遣う必要はありません。だっておかしいのは向こうだから。
殴られた後に抱きしめられればそりゃ嬉しいでしょう。「痛かったよな、ごめん」と甘い言葉を囁かれれば涙がこぼれそうになるでしょう。
でも、そもそもあなたに痛い思いをさせたのはそいつです。そいつがいなければ万事解決、殴られないハッピー&安心安全な日々が送れます。で、普通の恋愛はそっちです。
DV男と別れた後、わたしは男性に殴られたことはありません。ちょっとしたことですぐに不機嫌になられ殴られていた日々からは信じられないほど、わたしの日常は平和になりました。そしてこっちの方がきっと、よほど普通なんです。
なぜハネムーン期が厄介なのか
パートナーから暴力を受けたことのない人は、そんな世界があるなんて想像できないでしょう。だから、暴力に甘んじている人のことも受け入れられません。
わたしも何度「そんなの、やり返したらいいのに」と言われたかわかりません。それができれば苦労しないし、やり返したら3倍返しになって戻ってくるのが、大抵の人にはわからないからです。
でもDVは、そんな「わからない」人の日常に突然やってきます。
ちょっと想像してみてください。
あなたのとても身近な人、仲が良くて、お互いに好きだと感じている、とても大切な人を思い浮かべてみてください。異性でなくてもいいです。同性の親友でも、とにかく仲良しの、大好きな人です。
その人が、突然あなたに暴力を振るったとします。
理由ははっきりしません。少なくとも、あなたには理解できないような小さなことです。
どうでしょう? たぶん、あなたの心の中には怒りや悲しみ、疑問がぐるぐると渦巻いていますよね。
だって、とても大切な人です。今まで、こんなことは一度もなかった。「なぜ?」と尋ねるかもしれないし、「どういうことだ!」と怒るかもしれません。
そんな時、相手が涙を流して「ごめんなさい。もうしません」と謝ってきたらどうでしょうか。
納得はできないし、簡単に許せない気持ちはもちろんあります。でも、そこですぐに縁を切れるとも限らないですよね。できることなら、一時の気の迷いだったのでは、と思いたい。
みんな、そう思ってはじめの暴力を許してしまうんです。
そうしていつしか暴力は繰り返され、ハネムーン期は底なし沼のように被害者をずぶずぶと沈めていくのです。
完全に飲み込まれる前に、這い上がって
ハネムーン期は、暴力でズタボロにされた心や体を救い上げてくれる甘美な時間であることは確かです。だからこそ、そこから這い上がるのは難しい。
でも、その相手がいなければそもそも、暴力に苦しむことはありません。
普通の人は、大事な恋人の体に傷をつけたりしないものです。ハネムーン期なんてなくたって、恋人に優しくすることも、愛することも、抱きしめることもできます。
完全に底なし沼に飲み込まれてしまう前に、一刻も早くそこから這い上がってほしいと思います。