お金は巡るもの。お金の使い方や、それに対する考え方が変化してきた

メンタル・考え方

------------------------

仙台の個人ライター事務所・nanaPLOT(ナナプロット)では、記事制作・シナリオライティング・各種テキスト作成など文章に関わるさまざまなご相談をお受けしております。お困りの際は、いつでもご用命ください。

▼詳しい制作実績やライタープロフィール、お問合せはこちらから▼

nanaPLOT|仙台のライター事務所
仙台でライターをお探しならナナプロットへ

長らくわたしの中で、お金とは「使う」「貯める」ものでした。つまり、完全な自分目線です。が、最近こうしたお金のとらえ方について、以前より変化してきたなあと感じるように。

どう変化したかというと、「巡る」という感覚が生まれたのです。今日はそれについて少し。

お金は巡り巡るもの

金は天下の回り物という言葉がありますね。

故事ことわざ辞典によると、

金は天下の回り物とは、金は一箇所にとどまるものではなく、常に人から人へ回っているものだから、今はお金が無い人の所にもいつかは回ってくるという励まし。
※故事ことわざ辞典 より引用

とのことです。

励ましだったんだ……という、無知なわたしの気づきはこの際置いておきまして。

この言葉自体はもちろん知っていましたが、感覚としてピンときていなかったというのが正直なところです。

なんとなくですが、「使う」ことは悪、「貯める」ことが良とされる空気の漂う環境で育ったため、巡らせる=自分のもとからお金を出すという行為が、良いことだとは思えなかったんです。

必要最低限なものにお金を使うのは仕方ないとして、それ以上は無駄遣い、つまり良くないこと。なくなってしまうかもしれないギャンブルめいたものにお金をつぎ込むのも、もちろん悪。そんなリスクを負うより、貯めるのが最良!みたいなね。

ただ最近は、「これちょっと違うな?」と思うことが増えました。やっぱりお金は巡らせてナンボなんだな、と。

クラウドファンディング、投げ銭などの仕組みがバンバン登場

少し前から、インターネットを介したお金のやり取りが盛んに行われるようになりました。クラウドファンディングなんかがまさにそうですよね。

夢やプロジェクトを成功させるための資金調達という側面を持つ反面、もっとライトな使い方をしている人もたくさんいます。

polca(ポルカ)というアプリではサービス内容について、

身近な友人や知人、TwitterなどのSNSのつながりのなかでお金を集めることができるアプリです。

と説明しています。

いわゆる「ちょっとカンパしてー」な感覚で、面識のない人同士でもお金のやり取りができる、ということなんですね。

また、わたしも使っているnoteというサービスには、クリエイターサポート(投げ銭)という仕組みがあります。これは、クリエイターが無料で公開している記事であっても、「こりゃいいね!」と評価したいと思ったら対価としてお金を払うことができる、というもの。

polcaなんかは、時々炎上してる人がいたりいなかったりするんですが、とにかく、金銭のやり取りがずいぶん気軽にできるようになったもんだなあ、という感じを受けます。

お金を通して、気持ちが巡る

さて、クラウドファンディングにしても投げ銭にしてもですよ。お金を使うことを悪とする場合、自分にとっていいことは何一つとしてありません。

だって、自分の手元にモノとしては何も残らないのに、お金だけ出ていってる、ということですからね。

でも、そうじゃないと。

例えばクラウドファンディングであれば、まず支援を受けた人はシンプルに嬉しい。支援してくれた人のことをずっと覚えているかもしれないし、ずっと後になってそのときに受けた恩を返しに来てくれるかもしれません。

支援をする側からしても、応援したい!そのプロジェクト成功してほしい!こういった気持ちを、お金という形で示せるっていうのは嬉しいことだと思います。それは別に、何か見返りが欲しいってわけでもなくて。

これも、巡るってことだよなあと思うんです。

わたし自身はクラウドファンディングに参加したことはないですが、SNSでつながっている方の書籍やサービスは購入することが多いです。そこには、わたしのたかが1ポチであっても、毛ほどの応援になればいいなあという思いがあるんですよね。やっぱり。

残るものだけが価値じゃない

お金を使う行為って、それ自体が楽しいことであったり、満足感を得ることにもつながると思っていて。

それがエスカレートするとまた違う問題が出てくるとは思うので、あくまで常識の範囲内で、という意味で。

例えば自分が好きなゲームだったりアイドルだったりキャラクターだったり、なんでもいいんだけど、推しに対してお金を使うことも、自分さえ良ければオールオッケーだなと思えるようになりました。

なお
なお

前は、無駄遣いだっていう感覚が強かったんですよね

お金を使うことで推しを応援することにもなるし、それによってコンテンツが長く残る。モノとして自分の手元に何かが残るわけじゃなくても、「応援した」「愛を示した」「毛ほどでも役に立った」という気持ちが自分の中に残れば、それでいいんじゃんって思えるようになりました。

これも、「巡る」の一つの形かなと。

投資という視点を持つ

クラウドファンディングなんかは、いわば他人への投資ですよね。でも投資って自分に対してもするものです。自己投資っていうもんね。

他人を対象としてお金を支払うことは、応援ととらえられるので、まだやりやすい方かなと思います。一方自己投資となると、一歩間違えば「ただの浪費」と言われがちだし、自分自身でも「無駄遣いかな」と感じやすいので、難しい面があるのも事実。

でも自分への投資、結構じゃないですか。

結果的に「なんか違うな」ってなったとしても、その経験がそっくり無駄になるわけじゃないし、大いにやったらいいと思う。と、わたしは考えています。

なお
なお

自己投資なんていうから、なんか仰々しい感じがしちゃうんだよね。もっと軽い感じで、「自分の気が済むようにさせてあげる」みたいな感覚でいいじゃないか。

ただまあ、個人的には、スタート段階ではなるべく少額で……とは思いますが。むしろ初めから大金注ぎ込んじゃうと、「なんか違うな」ってなっても止まれなくなりそうで怖い。

もちろんお金がいっぱいある人は、いきなり大きいスケールで自己投資しちゃっても全然いいと思いますが!

まとめ:お金は溜め込まず、適度に巡らせよう

まあ自分のお金をどう使うかなんて、その人次第なので、なんだっていいんですけどね。

わたし自身は、ある程度巡らせる感覚を持ち始めるようになって、ちょっと楽しくなりました。

使うことは悪いことだと思って貯め込むより、巡るものだと考えて好きなものを買ったり、好きな人を応援するのに使ったり、自分んの好きなことをするのに使った方が、なんかハッピーじゃない?と、今は思っています!