悩んだときこそ「神の視点」に立って、広い視野を持つべし

忙しくて精神的に余裕がなくなると、どんどん視野が狭まってしまいます。すると一つの考えにとらわれて、身動きが取れなくなってしまう……。そんな悪循環を断ち切るためにおすすめなのが、ときどき自分を神の視点から俯瞰して見てみること。視点を変えることで、一つのことにこだわりすぎている自分に気づくかもしれません。

思い込む→視野が狭まるの悪循環

もともと思い込みが激しいわたし。一度「こう!」と思うと、もうあとはその考えに一直線に突っ走る傾向が強いです。

加えて、一度に抱えていられる作業や思考の量がものすごく少ない。いわゆるキャパシティがとても小さいので、すぐにあたふたしてしまいます。

思い込みの強さとキャパの小ささがタッグを組んで、結果的にどんどん視野が狭くなりがちなんですね。

何事もそうですが、視野が狭くなって良いことはまずありません。たとえば「この会社を辞めたらもう生きていけない」とか「この人と別れたら一生誰からも愛されない」とか、そういう思考に陥ります。

すると、どんなにつらくても身動きが取れなくなる。そこで働くことがしんどくても、一緒にいるのが苦しくても、その場から動き出す勇気が出てきません。

でも、本当にそうでしょうか?そこで、視点をぐーっと上の方へ持っていって、一度神の視点に立ってみます。

視野が狭まる→自分を責めるのさらなる悪循環

たとえばわたしの場合、フリーライターという仕事をしながら、主婦と母親もやっています。

いろいろ詰め込みすぎても対応しきれないのはわかりきっているので、仕事量はギチギチに詰め込まないようにしています。また、家のことはこれでもか!ってくらいに適当です。

それでも、いろいろとタスクが重なると余裕がなくなり、いっぱいいっぱいになることもあります。キャパが小さいので、とくに。

そういうとき、わたしはすぐに「あー、何もかもうまくできないわたしって、なんてショボいんだろう。もっと頑張らなきゃいけないのに、何一つ満足にできてない。なさけないなさけない!」と、完全に自分責めモードに入ります。

ひとしきり責めてから、「これくらいちゃんとできなくて、この先どうやって生きてくつもりなの?」という壮大なテーマを自問自答し始めるのです。

ほうっておくと、このままどんどん狭い視野の中で自分を責め続けます。カオスです。

別の視点から自分を眺めると、見えてくるものがある

たとえば仕事がうまくいかなくて、「もー自分全然ダメ!」ってなってるとき(よくある)こそ、仕事からちょっと離れてみることにしています。

一日仕事のことを考えずに家族とのんびり過ごすとか、「ライター?ふーん、よくわかんないけど、いいんじゃないの」みたいなことを言う友達と会って話したりとか。

そこには「ライター七尾なお」はこれっぽっちも存在せず、ただ「わたし」という人間だけがあります。

家族も友達も「セルフブランディングってした方がいい?」「効果的なSEO対策ってさ」「インタビューが上手にできなくて…」そんな話とは一切無縁。たとえわたしが、「ライター向いてないわ」と仕事を投げ出したとしても、たぶん彼らとの関係には1ミリも影響を及ぼさないでしょう。

そう考えると、わたしが日々悩んでいることって、案外たいしたことない問題なのかも、と思えてきます。

視野を広くしておけば、もっと身軽になれる

もちろん現実問題として、すぐに会社を辞めたり廃業したりすることはないでしょう。なんとか今より状況を改善できないか、自分にできることはないか。みんなそうやって悩みながら、一歩一歩前に進んでいくものなのだろうと思います。

ただどんなときも、視野はなるべく広く持っていたいですね。狭まった視界には、見えるはずのものも入ってきません。

見えないって、怖いことです。怖いと動きも悪くなります。それは良くない、そう思います。

時には、神の視点で自分を見つめる機会を作りましょう。たぶんそんなに難しくないです。仕事で悩むのなら、仕事と全然関係のない人と話したり、それだけでいい。

それだけのことですが、「あ、仕事がうまくいってなくても、わたしって人間的にはそれほど問題ないじゃん」と思えるはずです。

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